審決取消訴訟においての審理範囲の制限

(昭和51年3月10日最高裁)

事件番号  昭和42(行ツ)28

 

この裁判では、

特許無効の抗告審判で

審理判断されなかった公知事実との対比における

特許無効原因を審決取消訴訟において

主張することの許否について

裁判所が見解を示しました。

 

最高裁判所の見解

法は、特許出願に関する行政処分、すなわち特許又は

拒絶査定の処分が誤ってされた場合における

その是正手続については、一般の行政処分の場合とは異なり、

常に専門的知識経験を有する審判官による審判及び抗告審判

(査定については抗告審判のみ)の手続の経由を要求するとともに、

取消の訴は、原処分である特許又は

拒絶査定の処分に対してではなく、

抗告審判の審決に対してのみこれを認め、右訴訟においては、

専ら右審決の適法違法のみを争わせ、特許又は拒絶査定の適否は、

抗告審判の審決の適否を通じてのみ

間接にこれを争わせるにとどめていることが知られるのである。

 

次に、法が審判及び抗告審判の手続として

定めているところをみると、

特許の無効審判の請求については、

一定の申立及び理由を記載した審判請求書を提出すべく(86条)、

提出された請求書についてはその副本を被請求人に送達して

答弁書提出の機会を与えるものとし(88条1項)、また、

審判においては、申し立てられた理由以外の理由についても

審理することができるが、この場合には、その理由につき

当事者らに対して意見申立の機会を与えなければならないとする(103条)とともに、

審判に関与する審判官についての除斥、忌避(91条から96条まで)、

公開による口頭審理方式(97条)、利害関係人の参加(98、99条)、

証拠調(100条)等、民事訴訟に類似した手続を定め、

抗告審判についてもこれらの規定を準用している(110条)。

 

これによってみると、法は、特許無効の審判についていえば、

そこで争われる特許無効の原因が特定されて

当事者らに明確にされることを要求し、審判手続においては、

右の特定された無効原因をめぐって攻防が行われ、かつ、

審判官による審理判断もこの争点に限定してされるという

手続構造を採用していることが明らかであり、

法117条が「特許若ハ第53条ノ許可ノ効力……

ニ関スル確定審決ノ登録アリタルトキハ何人ト

雖同一事実及同一証拠ニ基キ同一審判ヲ請求スルコトヲ得ス」

と規定しているのも、このような手続構造に照応して、

確定審決に対し、そこにおいて現実に判断された事項につき

対世的な一事不再理の効果を付与したものと考えられる。

 

そしてまた、法が、抗告審判の審決に対する

取消訴訟を東京高等裁判所の専属管轄とし、

事実審を一審級省略しているのも、当該無効原因の存否については、

すでに、審判及び抗告審判手続において、

当事者らの関与の下に十分な審理がされていると

考えたためにほかならないと解されるのである。

 

右に述べたような、法が定めた特許に関する

処分に対する不服制度及び審判手続の構造と性格に照らすときは、

特許無効の抗告審判の審決に対する取消の訴において

その判断の違法が争われる場合には、

専ら当該審判手続において現実に争われ、かつ、

審理判断された特定の無効原因に関するもののみが

審理の対象とされるべきものであり、

それ以外の無効原因については、右訴訟において

これを審決の違法事由として主張し、

裁判所の判断を求めることを許さないとするのが

法の趣旨であると解すべきである。

 

そこで、進んで右にいう無効原因の特定について考えるのに、

法57条1項各号は、特許の無効原因を抽象的に列記しているが、

そこに掲げられている各事由は、

いずれも特許の無効原因をなすものとして

その性質及び内容を異にするものであるから、

そのそれぞれが別個独立の無効原因となるべきものと

解するのが相当であるし、

更にまた、同条同項一号の場合についても、

そこに掲げられている各規定違反は、

それぞれその性質及び内容を異にするから、

これまた各規定違反ごとに無効原因が異なると解すべきである。

 

しかしながら、無効原因を単に右のような該当条項ないしは

違反規定のみによつて抽象的に特定することで足りるかどうかは、

特許制度に関する法の仕組みの全体に照らし、

特に法117条が、前記のように、確定審決における

一事不再理の効果の及ぶ範囲を同一の事実及び証拠によって

限定すべきものとしていることとの関連を考慮して、

慎重に決定されなければならない。

 

思うに、特許の基本的要件は、法1条に定める

「新規ナル工業的発明」に該当することであり、

特許すべきかどうか、又は特許が無効かどうかについて

最も多く問題になるのも、右法条に適合するかどうか、

なかんずく当該発明が「新規ナル」ものであるかどうかであるところ、

法四条は、右にいう発明の「新規」とは、

「特許出願前国内ニ於テ公然知ラレ又ハ公然用ヰラレタルモノ」又は

「特許出願前国内ニ頒布セラレタル刊行物ニ

容易ニ実施スルコトヲ得ヘキ程度ニ於テ記載セラレタルモノ」

に該当しないことをいうと規定している。

すなわち、ある発明が法にいう「新規ナル」もの

(以下「新規性」という。)に当たるかどうかは、

常に、その当時における「公然知ラレ又ハ公然用ヰラレタルモノ」又は

公知刊行物に記載されたもの(以下「公知事実」という。)との

対比においてこれを検討、判断すべきものとされているのである。

 

ところが、このような公知事実は、広範多岐にわたって存在し、

問題の発明との関連において対比されるべき公知事実をもれなく

探知することは極めて困難であるのみならず、

このような関連性を有する公知事実が存する場合においても、

そこに示されている技術内容は種々様々であるから、

新規性の有無も、これらの公知事実ごとに、

各別に問題の発明と対比して検討し、

逐一判断を施さなければならないのである。

 

法が前述のような独得の構造を有する審査、無効審判及び

抗告審判の制度と手続を定めたのは、発明の新規性の判断のもつ

右のような困難と特殊性の考慮に基づくものと考えられるのであり、

前記法117条の規定も、発明の新規性の有無が証拠として

引用された特定の公知事実に示される具体的な技術内容との対比において

個別的に判断されざるをえないことの反映として、

その趣旨を理解することができるのである。

 

そうであるとすれば、無効審判における

判断の対象となるべき無効原因もまた、

具体的に特定されたそれであることを要し、

たとえ同じく発明の新規性に関するものであっても、例えば、

特定の公知事実との対比における無効の主張と、

他の公知事実との対比における無効の主張とは、

それぞれ別個の理由をなすものと解さなければならない。

 

以上の次第であるから、審決の取消訴訟においては、

抗告審判の手続において審理判断されなかった公知事実との

対比における無効原因は、審決を違法とし、又は

これを適法とする理由として主張することが

できないものといわなければならない

 

この見解に反する当裁判所の従前の判例

(最高裁昭和33年(オ)第567号同35年12月20日第三小法廷判決・

民集14巻14号3103頁、同昭和39年(行ツ)第62号同43年4月4日第一小法廷判決・

民集22巻4号816頁)は、これを変更すべきものである。

(なお、拒絶査定の理由の特定についても

無効原因の特定と同様であり

(拒絶理由の通知について法72条、抗告審判における

その準用について法113条1項参照)、したがって、

拒絶査定に対する抗告審判の審決に対する取消訴訟についても、

右審決において判断されなかつた特定の具体的な拒絶理由は、

これを訴訟において主張することができないと解すべきである。

 

それ故、上告人の引用する

当裁判所昭和26年(オ)第745号同28年10月16日

第二小法廷判決・裁判集民事10号189頁もまた、

これを変更すべきである。)

 

以上の見解に立って本件をみると、上告人が本上告理由において

原審がこれにつき審理判断しなかった違法が

あると主張する諸事実のあるものは、

本件審決が審理判断した無効原因条項とは別個の条項に関するものであり、

またその他はいずれも、法1条違反に関するものではあるが、

本件審決が無効原因として認めた

公知事実とは別個の公知事実の主張であるから、

原審が、本件審決の適否につき、そこで審理判断されていない

別個の無効原因であるこれらの

事実の主張を考慮すべきでないとしたのは正当であり、

原判決には所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

 

全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

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