使用者の安全配慮義務違反等に基づく損害賠償と過失相殺

(平成26年3月24日最高裁)

事件番号  平成23(受)1259

 

この裁判は、

労働者に過重な業務によって鬱病が発症し増悪した場合において,

使用者の安全配慮義務違反等に基づく損害賠償の額を定めるに当たり,

当該労働者が自らの精神的健康に関する一定の情報を

使用者に申告しなかったことをもって過失相殺をすることが

できないとされた事例です。

 

最高裁判所の見解

(1)ア 上告人は,本件鬱病の発症以前の数か月において,

前記2(3)のとおりの時間外労働を行っており,

しばしば休日や深夜の勤務を余儀なくされていたところ,その間,

当時世界最大サイズの液晶画面の製造ラインを短期間で

立ち上げることを内容とする本件プロジェクトの一工程において

初めてプロジェクトのリーダーになるという

相応の精神的負荷を伴う職責を担う中で,業務の期限や日程を

更に短縮されて業務の日程や内容につき上司から厳しい督促や

指示を受ける一方で助言や援助を受けられず,

上記工程の担当者を理由の説明なく減員された上,

過去に経験のない異種製品の開発業務や

技術支障問題の対策業務を新たに命ぜられるなどして

負担を大幅に加重されたものであって,

これらの一連の経緯や状況等に鑑みると,

上告人の業務の負担は相当過重なものであったといえる。

 

イ 上記の業務の過程において,上告人が被上告人に

申告しなかった自らの精神的健康(いわゆるメンタルヘルス)に関する情報は,

神経科の医院への通院,その診断に係る病名,

神経症に適応のある薬剤の処方等を内容とするもので,

労働者にとって,自己のプライバシーに属する情報であり,

人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において

知られることなく就労を継続しようとすることが

想定される性質の情報であったといえる。

 

使用者は,必ずしも労働者からの申告がなくても,

その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき

安全配慮義務を負っているところ,上記のように労働者にとって

過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には,

上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が

期待し難いことを前提とした上で,必要に応じて

その業務を軽減するなど労働者の

心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきである。

 

また,本件においては,上記の過重な業務が続く中で,

上告人は,平成13年3月及び4月の時間外超過者健康診断において

自覚症状として頭痛,めまい,不眠等を申告し,同年5月頃から,

同僚から見ても体調が悪い様子で仕事を円滑に行えるようには見えず,

同月下旬以降は,頭痛等の体調不良が原因であることを上司に伝えた上で

1週間以上を含む相当の日数の欠勤を繰り返して

予定されていた重要な会議を欠席し,その前後には

上司に対してそれまでしたことのない業務の軽減の申出を行い,

従業員の健康管理等につき被上告人に勧告し得る産業医に対しても

上記欠勤の事実等を伝え,同年6月の定期健康診断の問診でも

いつもより気が重くて憂鬱になる等の多数の項目の症状を

申告するなどしていたものである。

 

このように,上記の過重な業務が続く中で,上告人は,

上記のとおり体調が不良であることを被上告人に伝えて

相当の日数の欠勤を繰り返し,

業務の軽減の申出をするなどしていたものであるから,

被上告人としては,そのような状態が過重な業務によって

生じていることを認識し得る状況にあり,

その状態の悪化を防ぐために上告人の業務の軽減をするなどの措置を

執ることは可能であったというべきである。

 

これらの諸事情に鑑みると,被上告人が上告人に対し

上記の措置を執らずに本件鬱病が発症し増悪したことについて,

上告人が被上告人に対して上記の情報を申告しなかったことを

重視するのは相当でなく,これを上告人の責めに

帰すべきものということはできない。

 

ウ 以上によれば,被上告人が安全配慮義務違反等に基づく

損害賠償として上告人に対し賠償すべき額を定めるに当たっては,

上告人が上記の情報を被上告人に申告しなかったことをもって,

民法418条又は722条2項の規定による

過失相殺をすることはできないというべきである。

 

(2) また,本件鬱病は上記のように過重な業務によって

発症し増悪したものであるところ,上告人は,

それ以前は入社以来長年にわたり

特段の支障なく勤務を継続していたものであり,また,

上記の業務を離れた後もその業務起因性や損害賠償責任等が争われて

複数の争訟等が長期にわたり続いたため,

その対応に心理的な負担を負い,

争訟等の帰すうへの不安等を抱えていたことがうかがわれる。

 

これらの諸事情に鑑みれば,

原審が摘示する前記3(2)の各事情をもってしてもなお,

上告人について,同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして

通常想定される範囲を外れるぜい弱性などの特性等を

有していたことをうかがわせるに足りる事情があるということはできない

(最高裁平成10年(オ)第217号,第218号同12年3月24日

第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。

 

(3) 以上によれば,被上告人の安全配慮義務違反等を

理由とする上告人に対する損害賠償の額を定めるに当たり

過失相殺に関する民法418条又は722条2項の規定の適用ないし

類推適用によりその額を減額した原審の判断には,

法令の解釈適用を誤った違法があるものというべきである。

 

(4) これに加え,原審は,安全配慮義務違反等に基づく

損害賠償請求のうち休業損害に係る請求について,

その損害賠償の額から本件傷病手当金等の上告人保有分を控除しているが,

その損害賠償金は,被上告人における過重な業務によって発症し

増悪した本件鬱病に起因する休業損害につき

業務上の疾病による損害の賠償として

支払われるべきものであるところ,本件傷病手当金等は,

業務外の事由による疾病等に関する保険給付として

支給されるものであるから(健康保険法1条,55条1項),

上記の上告人保有分は,不当利得として

本件健康保険組合に返還されるべきものであって,

これを上記損害賠償の額から控除することはできないというべきである。

 

また,原審は,上記請求について,

上記損害賠償の額からいまだ支給決定を受けていない

休業補償給付の額を控除しているが,

いまだ現実の支給がされていない以上,

これを控除することはできない

(最高裁昭和50年(オ)第621号同52年10月25日

第三小法廷判決・民集31巻6号836頁参照)。

 

これらによれば,上記請求について,

上記損害賠償の額を定めるに当たり,

上記の各金員の額を控除した原審の判断には,

法令の解釈適用を誤った違法があるものというべきである。

 

・全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

判例をわかりやすく解説コーナー


行政書士試験にわずか147日で合格した勉強法

行政書士受験生にオススメのAmazon Kindle Unlimitedで読める本


スポンサードリンク

関連記事