検察官の訴追裁量権の逸脱と公訴提起の効力
(昭和55年12月17日最高裁)
事件番号 昭和52(あ)1353
この裁判では、
検察官の訴追裁量権の逸脱と公訴提起の効力について
裁判所が見解を示しました。
最高裁判所の見解
検察官は、現行法制の下では、
公訴の提起をするかしないかについて
広範な裁量権を認められているのであって、
公訴の提起が検察官の裁量権の逸脱に
よるものであったからといって
直ちに無効となるものでないことは明らかである。
たしかに、右裁量権の行使については
種々の考慮事項が刑訴法に列挙されていること
(刑訴法248条)、検察官は公益の代表者として
公訴権を行使すべきものとされていること(検察庁法4条)、
さらに、刑訴法上の権限は公共の福祉の維持と
個人の基本的人権の保障とを全うしつつ
誠実にこれを行使すべく濫用にわたってはならないものと
されていること(刑訴法1条、刑訴規則1条2項)などを総合して考えると、
検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合の
ありうることを否定することはできないが、
それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような
極限的な場合に限られるものというべきである。
いま本件についてみるのに、原判決の認定によれば、
本件犯罪事実の違法性及び有責性の評価については
被告人に有利に参酌されるべき幾多の
事情が存在することが認められるが、
犯行そのものの態様はかならずしも
軽微なものとはいえないのであって、
当然に検察官の本件公訴提起を不当とすることはできない。
本件公訴提起の相当性について
疑いをさしはさましめるのは、むしろ、
水俣病公害を惹起したとされるA株式会社の側と
被告人を含む患者側との相互のあいだに発生した種々の違法行為につき、
警察・検察当局による捜査権ないし公訴権の発動の状況に
不公平があったとされる点にあるであろう。
原判決も、また、この点を重視しているものと考えられる。
しかし、すくなくとも公訴権の発動については、
犯罪の軽重のみならず、犯人の一身上の事情、
犯罪の情状及び犯罪後の情況等をも考慮しなければならないことは
刑訴法248条の規定の示すとおりであって、
起訴又は不起訴処分の当不当は、犯罪事実の外面だけによっては
断定することができないのである。
このような見地からするとき、
審判の対象とされていない他の被疑事件についての
公訴権の発動の当否を軽々に論定することは許されないのであり、
他の被疑事件についての公訴権の
発動の状況との対比などを理由にして
本件公訴提起が著しく不当であったとする原審の認定判断は、
ただちに肯認することができない。
まして、本件の事態が公訴提起の無効を結果するような
極限的な場合にあたるものとは、
原審の認定及び記録に照らしても、
とうてい考えられないのである。
したがって、本件公訴を棄却すべきものとした
原審の判断は失当であって
その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
しかしながら、本件については第一審が罰金五万円、
一年間刑の執行猶予の判決を言い渡し、
これに対して検察官からの控訴の申立はなく、
被告人からの控訴に基づき原判決が
公訴を棄却したものであるところ、
記録に現われた本件のきわめて特異な背景事情に加えて、
犯行から今日まですでに長期間が経過し、その間、
被告人を含む患者らとA株式会社との間に
水俣病被害の補償について全面的な協定が
成立して双方の間の紛争は終了し、
本件の被害者らにおいても今なお
処罰を求める意思を有しているとは思われないこと、また、
被告人が右公害によって父親を失い自らも
健康を損なう結果を被っていることなどをかれこれ考え合わせると、
原判決を破棄して第一審判決の執行猶予付きの罰金刑を
復活させなければ著しく正義に反することになるとは考えられず、
いまだ刑訴法411条を適用すべきものとは認められない。
・行政書士受験生にオススメのAmazon Kindle Unlimitedで読める本
スポンサードリンク
関連記事