労働者災害補償保険法1条,12条の8第2項の業務上の事由による災害
(平成28年7月8日最高裁)
事件番号 平成26(行ヒ)494
この裁判は、
労働者が,業務を一時中断して事業場外で行われた
研修生の歓送迎会に途中から参加した後,
当該業務を再開するため自動車を運転して事業場に戻る際に,
研修生をその住居まで送る途上で発生した交通事故により死亡したことが,
労働者災害補償保険法1条,12条の8第2項の
業務上の事由による災害に当たるとされた事例です。
最高裁判所の見解
労働者の負傷,疾病,障害又は死亡(以下「災害」という。)が
労働者災害補償保険法に基づく業務災害に関する保険給付の対象となるには,
それが業務上の事由によるものであることを要するところ,
そのための要件の一つとして,労働者が労働契約に基づき
事業主の支配下にある状態において当該災害が発生したことが
必要であると解するのが相当である
(最高裁昭和57年(行ツ)第182号同59年5月29日
第三小法廷判決・裁判集民事142号183頁参照)。
前記事実関係等によれば,本件事故は,
D社長に提出すべき期限が翌日に迫った
本件資料の作成業務を本件歓送迎会の開始時刻後も
本件工場で行っていたBが,当該業務を一時中断して
本件歓送迎会に途中から参加した後,
当該業務を再開するため本件会社の所有に係る本件車両を運転して
本件工場に戻る際,併せて本件研修生らを送るため,
本件研修生らを同乗させて本件アパートに向かう途上で
発生したものであるところ,本件については,
次の各点を指摘することができる。
ア Bが本件資料の作成業務の途中で本件歓送迎会に参加して
再び本件工場に戻ることになったのは,
本件会社の社長業務を代行していたE部長から,
本件歓送迎会への参加を個別に打診された際に,
本件資料の提出期限が翌日に迫っていることを理由に断ったにもかかわらず,
「今日が最後だから」などとして,本件歓送迎会に
参加してほしい旨の強い意向を示される一方で,
本件資料の提出期限を延期するなどの措置は執られず,
むしろ本件歓送迎会の終了後には本件資料の作成業務に
E部長も加わる旨を伝えられたためであったというのである。
そうすると,Bは,E部長の上記意向等により
本件歓送迎会に参加しないわけにはいかない状況に置かれ,その結果,
本件歓送迎会の終了後に当該業務を再開するために
本件工場に戻ることを余儀なくされたものというべきであり,
このことは,本件会社からみると,
Bに対し,職務上,上記の一連の行動をとることを
要請していたものということができる。
イ そして,上記アの経過でBが途中参加した本件歓送迎会は,
従業員7名の本件会社において,本件親会社の中国における
子会社から本件会社の事業との関連で
中国人研修生を定期的に受け入れるに当たり,
本件会社の社長業務を代行していたE部長の発案により,
中国人研修生と従業員との親睦を図る目的で開催されてきたものであり,
E部長の意向により当時の従業員7名及び本件研修生らの全員が参加し,
その費用が本件会社の経費から支払われ,
特に本件研修生らについては,本件アパート及び
本件飲食店間の送迎が本件会社の所有に係る
自動車によって行われていたというのである。
そうすると,本件歓送迎会は,研修の目的を達成するために
本件会社において企画された行事の一環であると評価することができ,
中国人研修生と従業員との親睦を図ることにより,
本件会社及び本件親会社と上記子会社との
関係の強化等に寄与するものであり,
本件会社の事業活動に密接に関連して行われたものというべきである。
ウ また,Bは,本件資料の作成業務を再開するため本件車両を運転して
本件工場に戻る際,併せて本件研修生らを
本件アパートまで送っていたところ,
もともと本件研修生らを本件アパートまで送ることは,
本件歓送迎会の開催に当たり,E部長により行われることが
予定されていたものであり,本件工場と本件アパートの位置関係に照らし,
本件飲食店から本件工場へ戻る経路から大きく逸脱するものでは
ないことにも鑑みれば,BがE部長に代わってこれを行ったことは,
本件会社から要請されていた一連の行動の
範囲内のものであったということができる。
以上の諸事情を総合すれば,Bは,本件会社により,
その事業活動に密接に関連するものである本件歓送迎会に
参加しないわけにはいかない状況に置かれ,
本件工場における自己の業務を一時中断して
これに途中参加することになり,本件歓送迎会の終了後に
当該業務を再開するため本件車両を運転して本件工場に戻るに当たり,
併せてE部長に代わり本件研修生らを本件アパートまで
送っていた際に本件事故に遭ったものということができるから,
本件歓送迎会が事業場外で開催され,
アルコール飲料も供されたものであり,
本件研修生らを本件アパートまで送ることが
E部長らの明示的な指示を受けてされたものとはうかがわれないこと等を
考慮しても,Bは,本件事故の際,
なお本件会社の支配下にあったというべきである。
また,本件事故によるBの死亡と上記の運転行為との間に
相当因果関係の存在を肯定することができることも明らかである。
以上によれば,本件事故によるBの死亡は,
労働者災害補償保険法1条,12条の8第2項,
労働基準法79条,80条所定の
業務上の事由による災害に当たるというべきである。
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