刑訴法39条3項本文の規定は、憲法34条前段、37条3項、38条1項に違反するか

(平成11年3月24日最高裁)

事件番号  平成5(オ)1189

 

この裁判では、

刑訴法39条3項本文の規定は、

憲法34条前段、37条3項、38条1項に違反するかについて

裁判所が見解を示しました。

 

最高裁判所の見解

憲法34条前段は、「何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、

直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、

抑留又は拘禁されない。」と定める。

 

この弁護人に依頼する権利は、身体の拘束を受けている被疑者が、

拘束の原因となっている嫌疑を晴らしたり、

人身の自由を回復するための手段を講じたりするなど

自己の自由と権利を守るため弁護人から援助を

受けられるようにすることを目的とするものである。

 

したがって、右規定は、単に被疑者が弁護人を

選任することを官憲が妨害しては

ならないというにとどまるものではなく、

被疑者に対し、弁護人を選任した上で、弁護人に相談し、

その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を

持つことを実質的に保障しているものと解すべきである。

 

刑訴法39条1項が、「身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、

弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により

弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあっては、

第31条第2項の許可があった後に限る。)と立会人なくして接見し、

又は書類若しくは物の授受をすることができる。」として、

被疑者と弁護人等との接見交通権を規定しているのは、

憲法34条の右の趣旨にのっとり、

身体の拘束を受けている被疑者が弁護人等と相談し、

その助言を受けるなど弁護人等から援助を受ける機会を

確保する目的で設けられたものであり、その意味で、

刑訴法の右規定は、憲法の保障に

由来するものであるということができる

(最高裁昭和49年(オ)第1088号同53年7月10日

第一小法廷判決・民集32巻5号820頁、

最高裁昭和58年(オ)第379号、

第381号平成3年5月10日第三小法廷判決・

民集45巻5号919頁、最高裁昭和61年(オ)第851号

平成3年5月31日第二小法廷判決・裁判集民事163号47頁参照)。

 

もっとも、憲法は、刑罰権の発動ないし

刑罰権発動のための捜査権の行使が

国家の権能であることを当然の前提とするものであるから、

被疑者と弁護人等との接見交通権が

憲法の保障に由来するからといって、

これが刑罰権ないし捜査権に絶対的に

優先するような性質のものということはできない。

 

そして、捜査権を行使するためには、

身体を拘束して被疑者を取り調べる必要が生ずることもあるが、

憲法はこのような取調べを否定するものではないから、

接見交通権の行使と捜査権の行使との間に

合理的な調整を図らなければならない。

 

憲法34条は、身体の拘束を受けている被疑者に対して

弁護人から援助を受ける機会を

持つことを保障するという趣旨が

実質的に損なわれない限りにおいて、

法律に右の調整の規定を設けることを

否定するものではないというべきである。

 

ところで、刑訴法39条は、前記のように一項において

接見交通権を規定する一方、3項本文において、

「検察官、検察事務官又は司法警察職員(司法警察員及び

司法巡査をいう。以下同じ。)は、捜査のため必要があるときは、

公訴の提起前に限り、第一項の接見又は授受に関し、

その日時、場所及び時間を指定することができる。」と規定し、

接見交通権の行使につき捜査機関が制限を加えることを認めている。

 

この規定は、刑訴法において身体の拘束を受けている被疑者を

取り調べることが認められていること(198条1項)、

被疑者の身体の拘束については刑訴法上最大でも

23日間(内乱罪等に当たる事件については28日間)という厳格な

時間的制約があること(203条から205条まで、

208条、208条の2参照)などにかんがみ、

被疑者の取調べ等の捜査の必要と接見交通権の行使との

調整を図る趣旨で置かれたものである。

 

そして、刑訴法39条3項ただし書は、

「但し、その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を

不当に制限するようなものであってはならない。」と規定し、

捜査機関のする右の接見等の日時等の指定は飽くまで

必要やむを得ない例外的措置であって、

被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限することは

許されない旨を明らかにしている。

 

このような刑訴法39条の立法趣旨、内容に照らすと、

捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見等の申出があったときは、

原則としていつでも接見等の機会を与えなければならないのであり、

同条3項本文にいう「捜査のため必要があるとき」とは、

右接見等を認めると取調べの中断等により

捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られ、右要件が具備され、

接見等の日時等の指定をする場合には、捜査機関は、

弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、

被疑者が弁護人等と防御の準備をすることが

できるような措置を採らなければならないものと解すべきである。

 

そして、弁護人等から接見等の申出を受けた時に、

捜査機関が現に被疑者を取調べ中である場合や実況見分、

検証等に立ち会わせている場合、また、

間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、

弁護人等の申出に沿った接見等を認めたのでは、

右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合などは、

原則として右にいう取調べの中断等により捜査に

顕著な支障が生ずる場合に当たると解すべきである

(前掲昭和53年7月10日第一小法廷判決、

前掲平成3年5月10日第三小法廷判決、

前掲平成3年5月31日第二小法廷判決参照)。

 

刑訴法39条3項本文の規定と憲法38条1項

なお、所論は、憲法38条1項が何人も

自己に不利益な供述を強要されない旨を

定めていることを根拠に、逮捕、勾留中の被疑者には

捜査機関による取調べを受忍する義務はなく、

刑訴法198条1項ただし書の規定は、

それが逮捕、勾留中の被疑者に対し

取調べ受忍義務を定めているとすると違憲であって、

被疑者が望むならいつでも取調べを中断しなければならないから、

被疑者の取調べは接見交通権の行使を

制限する理由にはおよそならないという。

 

しかし、身体の拘束を受けている被疑者に取調べのために出頭し、

滞留する義務があると解することが、直ちに被疑者から

その意思に反して供述することを拒否する

自由を奪うことを意味するものでないことは明らかであるから、

この点についての所論は、前提を欠き、採用することができない。

 

以上のとおり、刑訴法は、身体の拘束を受けている

被疑者を取り調べることを認めているが、

被疑者の身体の拘束を最大でも23日間(又は28日間)に

制限しているのであり、被疑者の取調べ等の捜査の必要と

接見交通権の行使との調整を図る必要があるところ、

(一)刑訴法39条3項本文の予定している接見等の制限は、

弁護人等からされた接見等の申出を全面的に拒むことを許すものではなく、

単に接見等の日時を弁護人等の申出とは別の日時とするか、

接見等の時間を申出より短縮させることができるものにすぎず、

同項が接見交通権を制約する程度は低いというべきである。

 

また、前記のとおり、

(二)捜査機関において接見等の指定ができるのは、

弁護人等から接見等の申出を受けた時に現に捜査機関において

被疑者を取調べ中である場合などのように、

接見等を認めると取調べの中断等により

捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られ、

しかも、(三)右要件を具備する場合には、捜査機関は、

弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、

被疑者が弁護人等と防御の準備をすることが

できるような措置を採らなければならないのである。

 

このような点からみれば、刑訴法39条3項本文の規定は、

憲法34条前段の弁護人依頼権の保障の趣旨を

実質的に損なうものではないというべきである。

 

なお、刑訴法39条3項本文が被疑者側と対立する関係にある

捜査機関に接見等の指定の権限を付与している点も、

刑訴法430条1項及び2項が、捜査機関のした

39条3項の処分に不服がある者は、

裁判所にその処分の取消し又は

変更を請求することができる旨を定め、

捜査機関のする接見等の制限に対し、

簡易迅速な司法審査の道を開いていることを考慮すると、

そのことによって39条3項本文が違憲であるということはできない。

 

以上のとおりであるから、刑訴法39条3項本文の規定は、

憲法34条前段に違反するものではない。

論旨は採用することができない。

 

刑訴法39条3項本文の規定と憲法37条3項

所論は、要するに、憲法37条3項の規定は、

公訴提起後の被告人のみならず、

公訴提起前の被疑者も対象に含めているとし、

それを前提に、刑訴法39条3項本文の規定は

憲法37条3項に違反するというのである。

 

しかし、憲法37条3項は「刑事被告人」

という言葉を用いていること、

同条1項及び2項は公訴提起後の被告人の権利について

定めていることが明らかであり、憲法37条は全体として

公訴提起後の被告人の権利について

規定していると解されることなどからみて、

同条3項も公訴提起後の被告人に関する規定であって、

これが公訴提起前の被疑者についても

適用されるものと解する余地はない。

 

論旨は、独自の見解を前提として違憲をいうものであって、

採用することができない。

 

刑訴法39条3項本文の規定と憲法38条1項

所論は、要するに、憲法38条1項は、

不利益供述の強要の禁止を実効的に保障するため、

身体の拘束を受けている被疑者と弁護人等との

接見交通権をも保障していると解されるとし、

それを前提に、刑訴法39条3項本文の規定は、

憲法38条1項に違反するというのである。

 

しかし、憲法38条1項の不利益供述の強要の禁止を

実効的に保障するためどのような措置が採られるべきかは、

基本的には捜査の実状等を踏まえた上での

立法政策の問題に帰するものというべきであり、

憲法38条1項の不利益供述の強要の禁止の定めから

身体の拘束を受けている被疑者と弁護人等との

接見交通権の保障が当然に導き出されるとはいえない。

 

論旨は、独自の見解を前提として違憲をいうものであって、

採用することができない

 

・全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

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