山梨県民信用組合事件(労働者の同意による就業規則の不利益変更)
(平成28年2月19日最高裁)事件番号 平成25(受)2595
少々、話が複雑に感じるかもしれないので、
まずは、ざっくりと山梨県民信用組合事件の概要について、
説明しますと、要するに、
「2回の合併などを経て、規程が変わり、
退職金額が0円となる可能性が高いなど、
労働者にとって重大な不利益変更になってしまった」という話です。
それでは、以下、もう少し詳しく説明します。
A信用組合は、経営破綻を避けるため、
Y信組に吸収合併されることとなりました。
この合併に先立ち、
両信用組合の理事で構成される合併協議会は、
合併後の新規程により、
A信組の従業員の退職金給与規程(旧規程)を見直し、
同合併協議会で新規程が承認されました。
新規程によれば、
A信組の従業員の退職金額の算定の基礎となる
給与額が退職時の本棒の月額からその半額となり、
また、基礎給与額に乗じられる支給倍数に、
旧規定にはなかった上限が設けられることになりました。
また、旧規程では、退職金総額から、厚生年金給付額を控除して支給する
内枠方式が採用されていましたが、新規定でも内枠方式が採用されました。
(Y信組では従前内枠方式は採用されていませんでした。)
さらにA信組が加入していた企業年金保険が、合併時に解約されて還付された金額も、
退職金総額から控除されることになりました。
(Y信組は、企業年金保険に未加入でした。)
Xらは、以上の変更について同意書に署名押印しました。
(事前の説明会で配布された同意書案には、
Y信組の従前からの従業員と同一水準の退職金額が
支給される旨記載されていました。)
Y信用組合は、その後、別の信用組合と合併し、
その際、新退職金給与規程が制定されるまで、
同合併後の在職期間については自己都合退職した者には
退職金を不支給とする変更が追加されました。
A信組の従業員であったXらは、その説明を受けたうえで、
説明報告書に署名をしました。
そこで、Xらは、
旧規程に基づく退職金の支払いを求めて訴えを提起し
第1審及び原審は、Xらが本件同意書及び
退職金支給基準変更の内容を理解したうえで
署名押印及び署名をしたとして、Xらの請求を棄却し、
Xらは上告しました。
最高裁判所の見解
労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者との個別の合意によって
変更することができるものであり、
このことは,就業規則に定められている労働条件を
労働者の不利益に変更する場合であっても,
その合意に際して就業規則の変更が必要とされることを除き、
異なるものではないと解される。
使用者が提示した労働条件の変更が賃金や
退職金に関するものである場合には、
当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、
労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、
自らの意思決定の基礎となる情報を
収集する能力にも限界があることに照らせば、
当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、
当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。
そうすると、就業規則に定められた賃金や
退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、
当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、
当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、
労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、
当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、
当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる
合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、
判断されるべきものと解するのが相当である。
管理職Xらが本件基準変更への同意をするか否かについて
自ら検討し判断するために必要十分な情報を与えられていたというためには、
同人らに対し、旧規程の支給基準を変更する必要性等についての情報提供や
説明がされるだけでは足りず、自己都合退職の場合には
支給される退職金額が0円となる可能性が高くなることや、
被上告人の従前からの職員に係る支給基準との関係でも
上記の同意書案の記載と異なり
著しく均衡を欠く結果となることなど、本件基準変更により
管理職上告人らに対する退職金の支給につき生ずる
具体的な不利益の内容や程度についても、
情報提供や説明がされる必要があったというべきである。
本件基準変更に対する管理職上告人らの同意の有無につき、
本件同意書への同人らの署名押印が
その自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる
合理的な理由が客観的に存在するか否か
という観点から審理を尽くすことなく、
同人らが本件退職金一覧表の提示を受けていたことなどから直ちに、
上記署名押印をもって同人らの同意があるものとした原審の判断には、
審理不尽の結果,法令の適用を誤った違法がある。」
として、原判決を破棄し、高等裁判所に差し戻しました。
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