全農林警職法事件
(昭和48年4月25日最高裁)
事件番号 昭和43(あ)2780
全農林労組の役員のXらは、
警察官職務執行法(警職法)改正案に反対のため、
所属長の承認なく東京都内より
同組合各県本部、支部、分会各委員長あてに、
全農林労働組合中央闘争委員長名義の指令を発送して
傘下分会委員長以下右組合員である国家公務員たる
農林省職員に対する争議行為の遂行をあおることを企て、
勤務時間内に開催される職場大会に参加方するよう説得、
慫慂(しょうよう・しきりに勧めること)して、
国家公務員である農林省職員に対し争議行為の遂行をあおったとして、
これらの行為が国家公務員法98条5項(改正前)に違反するとして、
同100条1項17号にて起訴されました。
一審は無罪、二審は有罪判決を下し、Xらが上告しました。
この判決は、それまでの公務員の労働基本権に対する保障の
積極的な姿勢を転換し、公務員の争議行為の全面禁止を正当化する
画期的なものとなりました。
最高裁判所の見解
憲法28条は、労働基本権を保障し、この労働基本権の保障は、
憲法25条のいわゆる生存権の保障を基本理念とし、
憲法27条の勤労の権利および
勤労条件に関する基準の法定の保障と相まって
勤労者の経済的地位の向上を目的とするものである。
このような労働基本権の根本精神に即して考えると、
公務員は、私企業の労働者とは異なり、
使用者との合意によって
賃金その他の労働条件が決定される立場にないとはいえ、
勤労者として、自己の労務を提供することにより
生活の資を得ているものである点において
一般の勤労者と異なるところはないから、
憲法28条の労働基本権の保障は公務員に対しても
及ぶものと解すべきである。
ただ、この労働基本権は、右のように、
勤労者の経済的地位の向上のための手段として
認められたものであって、
それ自体が目的とされる絶対的なものではないから、
おのずから勤労者を含めた国民全体の
共同利益の見地からする制約を免れないものであり、
このことは、憲法13条の規定の趣旨に徴しても疑いない。
憲法15条の示すとおり、実質的には、
その使用者は国民全体であり、
公務員の労務提供義務は国民全体に対して負うものである。
もとよりこのことだけの理由から公務員に対して
団結権をはじめその他一切の労働基本権を
否定することは許されないのであるが、
公務員の地位の特殊性と職務の公共性にかんがみるときは、
これを根拠として公務員の労働基本権に対し
必要やむをえない限度の制限を加えることは、
十分合理的な理由があるというべきである。
けだし、公務員は、公共の利益のために勤務するものであり、
公務の円滑な運営のためには、その担当する職務内容の別なく、
それぞれの職場において
その職責を果すことが必要不可缺であって、
公務員が争議行為に及ぶことは、その地位の特殊性および
職務の公共性と相容れないばかりでなく、
多かれ少なかれ公務の停廃をもたらし、その停廃は勤労者を含めた国民全体の
共同利益に重大な影響を及ぼすか、またはその虞れがあるからである。
公務員の勤務条件の決定については、
私企業における勤労者と異なるものが
あることを看過することはできない。
すなわち利潤追求が原則として自由とされる私企業においては、
労働者側の利潤の分配要求の自由も当然に是認せられ、
団体を結成して使用者と対等の立場において団体交渉をなし、
賃金その他の労働条件を集団的に決定して協約を結び、
もし交渉が妥結しないときは
同盟罷業等を行なって解決を図るという
憲法28条の保障する労働基本権の行使が
何らの制約なく許されるのを原則としている。
これに反し、公務員の場合は、
その給与の財源は国の財政とも
関連して主として税収によつて賄われ、
私企業における労働者の利潤の分配要求のごときものとは全く異なり、
その勤務条件はすべて政治的、財政的、社会的
その他諸般の合理的な配慮により適当に決定されなければならず、
しかもその決定は民主国家のルールに従い、
立法府において論議のうえなされるべきもので、
同盟罷業等争議行為の圧力による強制を
容認する余地は全く存しないのである。
これを法制に即して見るに、公務員については、
憲法自体がその73条4号において
「法律の定める基準に従ひ、
官吏に関する事務を掌理すること」
は内閣の事務であると定め、その給与は法律により
定められる給与準則に基づいてなされることを要し、
これに基づかずにはいかなる金銭または有価物も
支給することはできないとされており(国公法63条1項参照)、
このように公務員の給与をはじめ、その他の勤務条件は、
私企業の場合のごとく労使間の自由な交渉に基づく
合意によって定められるものではなく、
原則として、国民の代表者により構成される国会の制定した
法律、予算によって定められることとなっているのである。
その場合、使用者としての政府にいかなる範囲の決定権を委任するかは、
まさに国会みずからが立法をもって定めるべき労働政策の問題である。
したがつて、これら公務員の勤務条件の決定に関し、
政府が国会から適法な委任を受けていない事項について、
公務員が政府に対し争議行為を行なうことは、的はずれであって
正常なものとはいいがたく、もしこのような制度上の制約にも
かかわらず公務員による争議行為が行なわれるならば、
使用者としての政府によつては解決できない立法問題に
逢着せざるをえないこととなり、ひいては民主的に行なわれるべき
公務員の勤務条件決定の手続過程を歪曲することともなって、
憲法の基本原則である議会制民主主義(憲法41条、83条等参照)に背馳し、
国会の議決権を侵す虞れすらある。
私企業の場合と対比すると、私企業においては、
極めて公益性の強い特殊のものを除き、
一般に使用者にはいわゆる作業所閉鎖(ロックアウト)をもって
争議行為に対抗する手段があるばかりでなく、
労働者の過大な要求を容れることは、企業の経営を悪化させ、
企業そのものの存立を危殆ならしめ、
ひいては労働者自身の失業を招くという
重大な結果をもたらすことともなるのであるから、
労働者の要求はおのずからその面よりの制約を免れず、
ここにも私企業の労働者の争議行為と公務員のそれとを
一律同様に考えることのできない理由の一が存するのである。
公務員の争議行為は、
公務員の地位の特殊性と勤労者を含めた
国民全体の共同利益の保障という見地から、
一般私企業におけるとは異なる制約に
服すべきものとなしうることは当然であり、
また、このことは、国際的視野に立っても肯定されている。
公務員の従事する職務には公共性がある一方、法律により
その主要な勤務条件が定められ、身分が保障されているほか、
適切な代償措置が講じられているのであるから、
国公法98条5項がかかる公務員の争議行為および
そのあおり行為等を禁止するのは、
勤労者をも含めた国民全体の共同利益の見地からする
やむをえない制約というべきであって、
憲法28条に違反するものではないといわなければならない。
公務員の争議行為の禁止は、
憲法に違反することはないのであるから、
何人であっても、この禁止を侵す違法な
争議行為をあおる等の行為をする者は、
違法な争議行為に対する原動力を与える者として、
単なる争議参加者にくらべて社会的責任が重いのであり、
また争議行為の開始ないしは
その遂行の原因を作るものであるから、
かかるあおり等の行為者の責任を問い、かつ、
違法な争議行為の防遏を図るため、
その者に対しとくに処罰の必要性を認めて罰則を設けることは、
十分に合理性があるものということができる。
したがって、国公法110条1項17号は、
憲法18条、憲法28条に違反するものとは
とうてい考えることができない。
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