国家賠償法1条1項の適用上の違法
(平成26年10月9日最高裁)
事件番号 平成23(受)2455
この裁判では、
労働大臣が石綿製品の製造等を行う工場又は作業場における
石綿関連疾患の発生防止のために労働基準法
(昭和47年法律第57号による改正前のもの)に基づく
省令制定権限を行使しなかったことが国家賠償法1条1項の適用上
違法であるとはいえないとした原審の判断について
裁判所が見解を示しました。
最高裁判所の見解
前記の事実関係等によれば,石綿肺の被害及びその対策の状況等につき,
次のようにいうことができる。
①労働省の委託研究において昭和31年から昭和32年にかけて
行われた石綿肺の実態調査では,石綿工場の労働者のうち10%を
超える者に石綿肺の所見が認められるなど,
昭和33年頃には石綿工場の労働者の石綿肺り患の実情が
相当深刻なものであることが明らかとなっていた。
②石綿肺についての医学的知見に関しては,
昭和32年3月31日及び
昭和33年3月31日の上記の委託研究の報告において,
石綿肺についての一応の診断基準が示されるとともに,
石綿肺は,けい肺と同様,重大な疾病であることが指摘された。
③昭和33年頃,局所排気装置の設置は,
石綿工場における有効な粉じん防止策であり,
その設置により石綿工場の労働者が
石綿の粉じんにばく露することを
相当程度防ぐことができたと認められる。
④労働省労働基準局長は,昭和30年代から昭和40年代にかけて,
通達を発出するなどして局所排気装置の普及を進めていたものの,
昭和42年の大阪労働基準局の調査では,
1台でも局所排気装置が設置された石綿工場の割合が4割程度にすぎず,
昭和46年の同局の調査でも,石綿工場に設置された局所排気装置に
設計上の不備等があり現実の労働環境は依然として改善されていないなど,
昭和46年当時においても石綿工場における
局所排気装置による粉じん対策は進んでいなかった。
(2) また,上記のような昭和33年当時の石綿肺の被害状況等に加え,
前記の事実関係等によれば,
局所排気装置の設置に関する技術的知見につき,
次のようにいうことができる。
①昭和28年7月,米国の研究者が
局所排気装置の仕組み等を説明した書籍が
翻訳されて出版され,昭和30年度からの委託研究の成果が
まとめられた昭和32年資料において我が国で製作された
局所排気装置の実例が紹介されるなど,この当時までには,
我が国においても局所排気装置の設置等に関する
実用的な知識及び技術の普及が進み,
局所排気装置の製作等を行う業者及び局所排気装置を設置する工場等も
一定数存在していた。
②このような状況の下で,昭和32年9月,
労働省の委託研究の成果として,
局所排気に関するまとまった技術書である
昭和32年資料が発行され,労働省労働基準局長は,
昭和33年通達を発出し,別紙技術指針において,
石綿に関する作業につき局所排気装置の設置の促進を一般的な形で指示した上,
その際には昭和32年資料を参照することとした。
(3) 以上の諸点に照らすと,労働大臣は,昭和33年頃以降,
石綿工場に局所排気装置を設置することの義務付けが可能となった段階で,
できる限り速やかに,旧労基法に基づく省令制定権限を適切に行使し,
罰則をもって上記の義務付けを行って局所排気装置の普及を
図るべきであったということができる。
そして,昭和33年には,局所排気装置の設置等に関する
実用的な知識及び技術が相当程度普及して
石綿工場において有効に機能する
局所排気装置を設置することが可能となり,
石綿工場に局所排気装置を設置することを
義務付けるために必要な実用性のある
技術的知見が存在するに至っていたものと解するのが相当である。
そうすると,昭和33年当時,労働大臣が,
旧労基法に基づく省令制定権限を行使して
石綿工場に局所排気装置を設置することを
義務付けることが可能であったと解する余地があり,
そうであるとすれば,同年以降,労働大臣が
上記省令制定権限を行使しなかったことが,
国家賠償法1条1項の適用上違法となる余地があることになる。
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