市立高等専門学校の学生に対する原級留置処分及び退学処分の裁量権の範囲

(平成8年3月8日最高裁)

事件番号  平成7(行ツ)74

 

この裁判では、

信仰上の理由により剣道実技の履修を拒否した

市立高等専門学校の学生に対する原級留置処分及び退学処分が

裁量権の範囲を超える違法なものであるかについて

裁判所が見解を示しました。

 

最高裁判所の見解

高等専門学校の校長が学生に対し

原級留置処分又は退学処分を行うかどうかの判断は、

校長の合理的な教育的裁量にゆだねられるべきものであり、

裁判所がその処分の適否を審査するに当たっては、

校長と同一の立場に立って当該処分を

すべきであったかどうか等について判断し、

その結果と当該処分とを比較してその適否、

軽重等を論ずべきものではなく、

校長の裁量権の行使としての処分が、

全く事実の基礎を欠くか又は社会観念上著しく妥当を欠き、

裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用して

されたと認められる場合に限り、

違法であると判断すべきものである。

 

しかし、退学処分は学生の身分を

はく奪する重大な措置であり、

学校教育法施行規則13条3項も4個の

退学事由を限定的に定めていることからすると、

当該学生を学外に排除することが

教育上やむを得ないと認められる場合に限って

退学処分を選択すべきであり、

その要件の認定につき他の処分の選択に比較して

特に慎重な配慮を要するものである。

 

また、原級留置処分も、学生にその意に反して

一年間にわたり既に履修した

科目、種目を再履修することを余儀なくさせ、

上級学年における授業を受ける時期を延期させ、

卒業を遅らせる上、D高専においては、

原級留置処分が二回連続してされることにより

退学処分にもつながるものであるから、

その学生に与える不利益の大きさに照らして、

原級留置処分の決定に当たっても、

同様に慎重な配慮が要求されるものというべきである。

 

そして、前記事実関係の下においては、

以下に説示するとおり、

本件各処分は、社会観念上著しく妥当を欠き、

裁量権の範囲を超えた違法なものといわざるを得ない。

 

公教育の教育課程において、

学年に応じた一定の重要な知識、能力等を

学生に共通に修得させることが必要であることは、

教育水準の確保等の要請から、否定することができず、

保健体育科目の履修もその例外ではない。

 

しかし、高等専門学校においては、

剣道実技の履修が必須のものとまではいい難く、

体育科目による教育目的の達成は、

他の体育種目の履修などの代替的方法によって

これを行うことも性質上可能というべきである。

 

他方、前記事実関係によれば、

被上告人が剣道実技への参加を拒否する理由は、

被上告人の信仰の核心部分と

密接に関連する真しなものであった。

 

被上告人は、他の体育種目の履修は拒否しておらず、

特に不熱心でもなかったが、

剣道種目の点数として35点中の

わずか2・5点しか与えられなかったため、

他の種目の履修のみで体育科目の合格点を取ることは

著しく困難であったと認められる。

 

したがって、被上告人は、

信仰上の理由による剣道実技の履修拒否の結果として、

他の科目では成績優秀であったにもかかわらず、

原級留置、退学という事態に

追い込まれたものというべきであり、

その不利益が極めて大きいことも明らかである。

 

また、本件各処分は、その内容それ自体において

被上告人に信仰上の教義に反する行動を命じたものではなく、

その意味では、被上告人の信教の自由を

直接的に制約するものとはいえないが、

しかし、被上告人がそれらによる重大な不利益を

避けるためには剣道実技の履修という

自己の信仰上の教義に反する行動を採ることを

余儀なくさせられるという性質を

有するものであったことは明白である。

 

上告人の採った措置が、信仰の自由や宗教的行為に対する制約を

特に目的とするものではなく、教育内容の設定及び

その履修に関する評価方法についての

一般的な定めに従ったものであるとしても、

本件各処分が右のとおりの性質を有するものであった以上、

上告人は、前記裁量権の行使に当たり、

当然そのことに相応の考慮を払う必要があったというべきである。

 

また、被上告人が、自らの自由意思により、

必修である体育科目の種目として

剣道の授業を採用している学校を選択したことを理由に、

先にみたような著しい不利益を被上告人に

与えることが当然に許容されることになるものでもない。

 

被上告人は、レポート提出等の代替措置を認めて

欲しい旨繰り返し申し入れていたのであって、

剣道実技を履修しないまま直ちに履修したと

同様の評価を受けることを求めていたものではない。

 

これに対し、D高専においては、

被上告人ら「E」である学生が、

信仰上の理由から格技の授業を拒否する旨の申出をするや否や、

剣道実技の履修拒否は認めず、代替措置は採らないことを明言し、

被上告人及び保護者からの代替措置を採って欲しいとの要求も一切拒否し、

剣道実技の補講を受けることのみを説得したというのである。

本件各処分の前示の性質にかんがみれば、

本件各処分に至るまでに何らかの

代替措置を採ることの是非、その方法、態様等に

ついて十分に考慮するべきであったということができるが、

本件においてそれがされていたとは到底いうことができない。

 

所論は、D高専においては代替措置を採るにつき

実際的な障害があったという。

 

しかし、信仰上の理由に基づく格技の履修拒否に対して

代替措置を採っている学校も現にあるというのであり、

他の学生に不公平感を生じさせないような適切な

方法、態様による代替措置を採ることは可能であると考えられる。

 

また、履修拒否が信仰上の理由に基づくものかどうかは

外形的事情の調査によって容易に明らかになるであろうし、

信仰上の理由に仮託して履修拒否をしようという者が

多数に上るとも考え難いところである。さらに、

代替措置を採ることによって、

D高専における教育秩序を維持することができないとか、

学校全体の運営に看過することができない

重大な支障を生ずるおそれがあったとは認められないとした

原審の認定判断も是認することができる。

 

そうすると、代替措置を採ることが

実際上不可能であったということはできない。

 

所論は、代替措置を採ることは

憲法20条3項に違反するとも主張するが、

信仰上の真しな理由から剣道実技に参加することができない学生に対し、

代替措置として、例えば、

他の体育実技の履修、レポートの提出等を求めた上で、

その成果に応じた評価をすることが、

その目的において宗教的意義を有し、

特定の宗教を援助、助長、促進する効果を

有するものということはできず、

他の宗教者又は無宗教者に圧迫、干渉を

加える効果があるともいえないのであって、

およそ代替措置を採ることが、その方法、態様のいかんを問わず、

憲法20条3項に違反するということができないことは明らかである。

 

また、公立学校において、学生の信仰を調査せん索し、宗教を

序列化して別段の取扱いをすることは許されないものであるが、

学生が信仰を理由に剣道実技の履修を拒否する場合に、

学校が、その理由の当否を判断するため、

単なる怠学のための口実であるか、

当事者の説明する宗教上の信条と

履修拒否との合理的関連性が

認められるかどうかを確認する程度の調査をすることが

公教育の宗教的中立性に反するとはいえないものと解される。

 

これらのことは、

最高裁昭和46年(行ツ)第69号同52年7月13日大法廷判決・

民集31巻4号533頁の趣旨に徴して明らかである。

 

以上によれば、信仰上の理由による剣道実技の履修拒否を、

正当な理由のない履修拒否と区別することなく、

代替措置が不可能というわけでもないのに、

代替措置について何ら検討することもなく、

体育科目を不認定とした担当教員らの評価を受けて、

原級留置処分をし、さらに、不認定の主たる理由及び

全体成績について勘案することなく、

2年続けて原級留置となったため進級等規程及び

退学内規に従って学則にいう

「学力劣等で成業の見込みがないと認められる者」に当たるとし、

退学処分をしたという上告人の措置は、

考慮すべき事項を考慮しておらず、

又は考慮された事実に対する評価が明白に合理性を欠き、

その結果、社会観念上著しく妥当を欠く

処分をしたものと評するほかはなく、

本件各処分は、裁量権の範囲を超える違法なものといわざるを得ない

 

全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

行政判例コーナー

行政法の解説コーナー


行政書士試験にわずか147日で合格した勉強法

行政書士受験生にオススメのAmazon Kindle Unlimitedで読める本


スポンサードリンク

関連記事