信玄公旗掛松事件
(大審院大正8年3月3日)
事件番号 大正7年第898号
Xの所有地上には、
武田信玄が軍旗を立て掛けたという言い伝えのある
「信玄公旗掛松」があり、
その近辺にY社が敷設する鉄道が敷設されることになり、
Xは鉄道の煤煙により、この松が枯れてしまうことを恐れ、
線路の位置変更をY社に申し入れましたが、
受け入れられず、その後、蒸気機関車の煤煙等のために
この松が枯れたとして、
XがYに損害賠償を求めた裁判です。
この裁判では、権利濫用法理が援用され、
権利行使も不法行為となり得ることが認められました。
裁判所の見解
原院ハ本件松樹カ停車場ニ接近シ
鉄道線路ヨリ僅ニ一間未満ノ地点ニ生立シ、
其枝条ハ線路ノ方向ニ張リ常ニ汽鑵車ノ多大ナル煤煙ニ
暴露セラレタル為メ枯死ノ害ヲ
被リタリト認定シタルモノト謂フヘシ。
故ニ本件ノ松樹ハ汽車ノ通過スヘキ山間僻陬ノ地若クハ
沿道田畑等ニ生立スル樹木ト同一視スヘキモノニアラス。
従テ之ニ対シ本件ノ如ク甚シク煤煙ニ暴露サレサルヘキ
相当ノ方法ヲ行ヒ得サルモノト云フヘカラス。
其方法トシテハ或ハ煤煙ヲ遮断スヘキ障壁ヲ設クルカ或ハ
線路ヲ数間ノ彼方ニ遠クル等ニ因テ之ヲ避ケ得ヘシ。
原判決ニ相当ナル方法トアルハ之レノ
謂ナリト解スルニ難カラス。
然ラハ原判決ニ於テ上告人カ煙害予防ノ為メ
相当ナル設備ヲ為ササリシハ、其注意ヲ怠リタルモノニシテ
過失アルモノト認ムル旨ヲ判示シタルハ不法ニアラス。
上告人カ本件ノ松樹ヲ以テ鉄道沿線到ル所ニ
散在スル樹木ト同一ニ論シ原判決ヲ攻撃スルハ、
原判旨ニ副ハサルモノニシテ採ルニ足ラス。
然レトモ権利ノ行使ト雖モ法律ニ於テ認メラレタル
適当ノ範囲内ニ於テ之ヲ為スコトヲ要スルモノナレハ、
権利ヲ行使スル場合ニ於テ、故意又ハ過失ニ因リ
其適当ナル範囲ヲ超越シ失当ナル方法ヲ行ヒタルカ為メ、
他人ノ権利ヲ侵害シタルトキハ侵害ノ程度ニ於テ
不法行為成立スルコトハ当院判例ノ
認ムル所ナリ(大正五年(オ)
第七百十八号大正六年一月二十二日言渡当院判決参照)。
然ラハ其適当ナル範囲トハ如何。
凡ソ社会的共同生活ヲ為ス者ノ間ニ於テハ、
一人ノ行為カ他人ニ不利益ヲ及ホスコトアルハ
免ルヘカラサル所ニシテ、此場合ニ於テ常ニ権利ノ
侵害アルモノト為スヘカラス。其他人ハ共同生活ノ
必要上之ヲ認容セサルヘカラサルナリ。然レトモ、
其行為カ社会観念上被害者ニ於テ認容スヘカラサルモノト
一般ニ認メラルル程度ヲ越ヘタルトキハ、
権利行使ノ適当ナル範囲ニアルモノト云フコトヲ得サルヲ以テ、
不法行為ト為ルモノト解スルヲ相当トス。
抑モ汽車ノ運転ハ音響及ヒ震動ヲ近傍ニ伝ヘ、
又之ヲ運転スルニ当リテハ石炭ヲ燃焼スルノ
必要上煤煙ヲ附近ニ飛散セシムルハ已ムヲ得サル所ニシテ、
注意シテ汽車ヲ操縦シ石炭ヲ燃焼スルモ
避クヘカラサル所ナレハ、鉄道業者トシテノ
権利ノ行使ニ当然伴フヘキモノト謂フヘク、
蒸汽鉄道カ交通上缺クヘカラサルモノトシテ認メラルル以上ハ、
沿道ノ住民ハ共同生活ノ必要上之ヲ認容セサルヘカラス。
即チ此等ハ権利行使ノ適当ナル範囲ニ属スルヲ以テ、
住民ニ害ヲ及ホスコトアルモ不法ニ権利ヲ
侵害シタルニアラサレハ不法行為成立セス。
然レトモ若シ汽車ノ運転ニ際シ権利行使ノ
適当ナル範囲ヲ超越シテ、失当ナル方法ヲ行ヒ
害ヲ及ホシタルトキハ不法ナル権利侵害トナルヲ以テ、
賠償ノ責ヲ免カルルコトヲ得サルナリ。
原院ノ認メタル事実ニ依レハ、
本件松樹ハ停車場ニ接近シ鉄道線路ヨリ僅ニ
一間未満ノ地点ニ生立シ、其枝条ハ線路ノ方向ニ張リ、
常ニ汽鑵車ノ多大ナル煤煙ニ暴露セラレタル為メ
枯死ノ害ヲ被リタルモノニシテ、其煤煙ヲ防クヘキ
設備ヲ為シ得ラレサルニアラサルコト
第一点ニ説示シタルカ如クナルヲ以テ、
彼ノ鉄道沿線ノ到ル所ニ散在スル樹木カ
普通ニ汽鑵車ヨリ吐出スル煤煙ノ害ヲ被ムリタルト
同一ニ論スルコトヲ得サルモノトス。即チ本件松樹ハ
鉄道沿線ニ散在スル樹木ヨリモ甚シク煤煙ノ害ヲ被ムルヘキ位置ニアリテ、
且ツ其害ヲ予防スヘキ方法ナキニアラサルモノナレハ、
上告人カ煤煙予防ノ方法ヲ施サスシテ煙害ノ生スルニ任セ
該松樹ヲ枯死セシメタルハ、其営業タル汽車運転ノ結果ナリトハ云ヘ、
社会観念上一般ニ認容スヘキモノト認メラルル範囲ヲ
超越シタルモノト謂フヘク、
権利行使ニ関スル適当ナル方法ヲ行ヒタルニアラサルモノト
解スルヲ相当トス。
故ニ原院カ上告人ノ本件松樹ニ煙害ヲ被ラシメタルハ
権利行使ノ範囲ニアラスト判断シ、
過失ニ因リ之ヲ為シタルヲ以テ
不法行為成立スル旨ヲ判示シタルハ相当ナリ。
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