無権代理人の責任の要件と表見代理の要件がともに存在する場合
(昭和62年7月7日最高裁)
事件番号 昭和60(オ)289
この裁判では、
無権代理人の責任の要件と表見代理の要件が
ともに存在する場合について
裁判所が見解を示しました。
最高裁判所の見解
民法117条に基づく無権代理人の責任は、
本人側の責任を原因とする表見代理によっては
保護を受けることのできない場合の相手方を救済し、
もって取引の安全を確保しようとするもので、
無権代理人の責任を原因とするものであるから、
同条2項にいう「相手方が過失により
代理権がないことを知らなかったとき」とは、
相手方を保護することが却つて信義則ないし
公平の原理に反することになる場合、
すなわち相手方に悪意に近いほどの重大な過失がある場合を
指すものと解されるとしたうえ、
原審の認定した事実関係のもとにおいては、
右無権代理行為の相手方である被上告人には
右の意味における重大な過失があったとは認められないとして、
上告人の右抗弁を排斥し、被上告人の請求
を認容すべきものとしている。
しかしながら、民法は、過失と重大な過失とを
明らかに区別して規定しており、
重大な過失を要件とするときは特にその旨を明記しているから
(例えば、95条、470条、698条)、
単に「過失」と規定している場合には、その明文に反して
これを「重大な過失」と解釈することは、
そのように解すべき特段の合理的な理由がある場合を除き、
許されないというべきである。そして、
同法一一七条による無権代理人の責任は、
無権代理人が相手方に対し代理権がある旨を表示し又は
自己を代理人であると信じさせるような行為をした事実を責任の根拠として、
相手方の保護と取引の安全並びに代理制度の信用保持のために、
法律が特別に認めた無過失責任であり、
同条2項が「前項ノ規定ハ相手方カ代理権ナキコトヲ知リタルトキ若クハ
過失ニ因リテ之ヲ知ラサリシトキハ之ヲ適用セス」と規定しているのは、
同条一項が無権代理人に無過失責任という重い責任を負わせたところから、
相手方において代理権のないことを知っていたとき若しくは
これを知らなかつたことにつき過失があるときは、
同条の保護に値しないものとして、
無権代理人の免責を認めたものと解されるのであって、
その趣旨に徴すると、右の「過失」は
重大な過失に限定されるべきものではないと解するのが相当である。
また、表見代理の成立が認められ、
代理行為の法律効果が本人に及ぶことが裁判上確定された場合には、
無権代理人の責任を認める余地がないことは明らかであるが、
無権代理人の責任をもって表見代理が成立しない場合における
補充的な責任すなわち表見代理によっては
保護を受けることのできない相手方を
救済するための制度であると解すべき根拠はなく、
右両者は、互いに独立した制度であると解するのが相当である。
したがって、無権代理人の責任の要件と表見代理の要件が
ともに存在する場合においても、表見代理の主張をすると否とは
相手方の自由であると解すべきであるから、相手方は、
表見代理の主張をしないで、直ちに無権代理人に対し
同法117条の責任を問うことができるものと解するのが相当である。
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