住民票への記載
(平成21年4月17日最高裁)
事件番号 平成20(行ヒ)35
この裁判では、
出生した子につき住民票の記載を求める親からの申出に対し
特別区の区長がした上記記載をしない旨の応答は,
抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるかについて
裁判所の見解を示しました。
最高裁判所の見解
上告人子につき住民票の記載をすることを求める上告人父の申出は,
住民基本台帳法(以下「法」という。)の規定による届出があった場合に
市町村(特別区を含む。以下同じ。)の長にこれに対する
応答義務が課されている
(住民基本台帳法施行令(以下「令」という。)11条参照)のとは異なり,
申出に対する応答義務が課されておらず,
住民票の記載に係る職権の発動を促す
法14条2項所定の申出とみるほかないものである。
したがって,本件応答は,
法令に根拠のない事実上の応答にすぎず,
これにより上告人子又は上告人父の権利義務ないし法律上の
地位に直接影響を及ぼすものではないから,
抗告訴訟の対象となる行政処分に該当しない。
市町村長は,父又は母の戸籍に入る子について,
出生届が提出されない結果,
住民票の記載もされていない場合,
常に職権調査による方法で住民票の記載を
しなければならないものではなく,
原則として出生届の届出義務者にその提出を促し,
戸籍の記載に基づき住民票の記載をすれば
足りるものというべきことは,
多数意見の述べるとおりである。
しかし,届出の催告等による方法を
促してもそれがされない場合には,
次に述べるような理由から,市町村長は,
職権調査による方法で住民票の記載をすべきことが
義務付けられると解すべきである。
戸籍は夫婦とその子などの
身分関係を公証するための公の登記簿であり,
一方,住民基本台帳(個人を単位とする住民票を世帯ごとに
編成して作成する台帳)は,
住民の居住関係の公証等住民に関する
事務の処理の基礎とするために,
住民の住所等を記載する公の帳簿であり,
両者は本来それぞれ独立の目的を持つ別個の制度である。
子が出生した場合には,
戸籍と住民票にその旨が記載されることになるが,
戸籍法の規定に基づく出生届の提出による戸籍の記載があれば,
その旨が住民基本台帳の編成を所掌する市町村長に通知され,
市町村長が出生の事実を住民票に記載するという戸籍と
住民票との連結の制度が採られている。
これは,国民に対して,出生について,
戸籍と住民票について,
二重の届出義務を課さなくても,
両者の所掌官庁間の連絡により
住民票の記載ができること,及び,
出生届に基づき住民票の記載をすることによって
正確な記載ができることの二つの理由による。
このことには合理性があり,
届出の催告等による方法が原則的な方法で,
職権調査による方法は補充的なものであるというのは,
この意味であり,正当な解釈として是認できる。
ところで,住基法及び住民基本台帳法施行令の関係規定によれば,
当該市町村に住所を有する者すべてについて住民票の記載をして,
住民の居住関係の公証等住民に関する
事務処理の基礎とすることを
制度の基本としていることが明らかである。
そのため,市町村長は,常に住民基本台帳を整備し,
住民に関する正確な記録が行われるように
努めなければならないものとされ,
住民は,常に住民としての地位の変更に関する届出を
正確に行うように努めなければならないものとされている
(住基法3条)。
すなわち,住基法は,当該市町村の住民すべてについて
住民票を作成すべきものとし,住民に関する事務処理は,
住民票の記載を基礎として行われることとしているのである。
そして,住民に関する事務としては,国民健康保険,
介護保険及び国民年金の各被保険者資格,
児童手当の受給資格に関する事項等住基法に規定された事項のほか,
学齢簿の編成,生活保護,予防接種,印鑑登録証明など
多種,多様の事務が存在する。
市町村の住民は,住民であることによって,
市町村から多種多様の行政サービスを受けることができる。
市町村の区域内に住所を有する住民であるにもかかわらず,
住民票に記載がされないことによって,
行政上のサービスを受ける住民の側においては,
これらのサービスを受けることができなかったり,
たとえサービスを受けることができたとしても,
住民票の記載がある場合に比較して,
煩雑な手続を要するなど多くの不利益を受けることは明らかである。
一方,市町村の側においても,
住民票の記載がない場合には,
その事務を処理する上で少なからぬ支障が生ずる。
すなわち,各種の行政上のサービスの提供は,
住民票の記載を基礎として行われるのであるが,
住民票に記載されていないからといって,
その住民に行政サービスを全く拒否することはできず,
その住民に行政サービスを提供する場合には,
市町村の側においても,その都度,
住民票に記載されていないが実際には当該市町村に
住所を有する旨の届出をさせたり,
その事実の有無の調査が必要となるなど,
住民票に記載があれば不要となる余計な手数を要することとなって,
住民に関する事務がすべて住民基本台帳に基づいて
行われるべきものとする
住基法2条の趣旨にも反することになる。
このような住民基本台帳制度の趣旨に照らせば,
子が出生した場合に,
市町村の区域内に適法に住所を有する子について,
届出の催告等による方法により
住民票を記載することができないときは,
市町村長は,職権調査の方法により
住民票の記載をすべき義務があると解すべきである。
多数意見も,住民票に記載されないことによって
子に看過し難い不利益が生ずる可能性があるような場合には
住民票に記載しなければならない場合もあり得るというが,
住民の受ける行政サービスは,
出生の時から始まるのであって,
住民票に記載されないこと自体によって
住民の側に重大な不利益が生じ,
市町村の側においても少なからぬ支障が
生ずることは上記のとおりである。
一方,実際に区域内に住所を有することが確認できる住民について
住民票の記載を拒否することは,
市町村についても何の利点もないし,
住民票の記載をしたからといって,
市町村に何らの弊害も生じない。
現に出生届が提出されない子について
住民票の記載を行っている市町村が存在するが,
それによって何らかの弊害が
生じたという証跡はうかがわれない。
もちろん,出生した子について戸籍法の定めるところにより
出生届を提出すべき義務を怠ることは許されることではなく,
本件のように適式な出生届を提出しないことを理由とする
出生届の不受理処分が違法でない旨の
司法判断が確定したにもかかわらず,
依然として適式な出生届を提出しないことは許容されない。
出生届を提出しさえすれば住民票に記載されるのであるから,
住民票に記載されないことについて,
上告人母に責任があることは明らかである。
しかし,そうであるからといって,市町村長の側で,
そのことを理由として住民票の記載を拒否することは,
関連が深いとはいえ,別個の制度である戸籍と
住民基本台帳とを混同するものであって,
先に述べたように,住基法の趣旨に反し,違法というべきである。
住民票に記載されないことについて
上告人母に責任があることは,
国家賠償法による損害賠償責任を考える際に考慮すれば足り,
かつそれで十分である。
以上のように,本件の住民票の記載を
拒否した区長の措置は住基法による義務に違反し,
違法であるといわなければならない。
しかしながら,住基法上違法であるからといって,
それにより国家賠償法上も直ちに違法となるわけではない。
すなわち,本件は,上告人母が戸籍法の規定に違反して
上告人子の出生届を提出しなかったため,
区長が住民票に記載しなかったという事案である。
ところで,戸籍に記載のない子については,
出生届の提出を待って,
戸籍の記載に基づき住民票の記載をするというのが,
前記のように法の予定する原則的な方法であるとともに,
従来の一般的な行政実務の取扱いであって,
区長もこのような一般的な取扱いに従い,
職権調査による方法で上告人子につき
住民票の記載をする措置を
講じなかったということができるのである。
そうすると,区長の判断が,公務員が職務上尽くすべき
注意義務を尽くすことなく漫然とされたものということはできず,
区長の措置について国家賠償法1条1項にいう
違法がないというべきである。
・行政書士受験生にオススメのAmazon Kindle Unlimitedで読める本
スポンサードリンク
関連記事