水俣病の認定の申請を棄却する処分の取消訴訟における審理及び判断の方法

(平成25年4月16日最高裁)

事件番号  平成24(行ヒ)245

 

この裁判では、

 公害健康被害の補償等に関する法律4条2項に基づく

水俣病の認定の申請を棄却する処分の取消訴訟における

審理及び判断の方法について裁判所が見解を示しました。

 

最高裁判所の見解

公健法等は,水俣病がいかなる疾病であるかについては

特段の規定を置いていないところ,

前記のとおり,水俣湾周辺地域において発生した疾病が,

チッソ水俣工場から水俣湾や水俣川河口付近に

排出されて魚介類に蓄積されたメチル水銀が,

その魚介類を多量に摂取した者の体内に取り込まれて

大脳,小脳等に蓄積し,神経細胞に障害を与えることによって

引き起こされるものとして捉えられたものであることに加え,

救済法施行令別表を定めるに当たり参照された

検討委員会の意見の内容のとおり救済法と公健法とは

連続性を有していることに照らせば,

公健法等にいう水俣病とは,

魚介類に蓄積されたメチル水銀を

経口摂取することにより起こる

神経系疾患をいうものと解するのが相当であり,

このような現に生じた発症の機序を内在する客観的事象としての

水俣病と異なる内容の疾病を公健法等において

水俣病と定めたと解すべき事情はうかがわれない。

 

公健法等が定める疾病の中には,

発症の原因となる特定の汚染物質が証明されていない

慢性気管支炎,気管支ぜん息等のいわゆる非特異的疾患と,

発症の原因とされる汚染物質との間に特異的な関係があり,

その物質がなければ発症が起こり得ないとされている

水俣病,イタイイタイ病等のいわゆる特異的疾患があるところ,

公健法は,大気の汚染と疾病との間の因果関係を

その機序を含めて証明することは不可能に近いことなどから,

4条1項において,当該疾病に

「かかっていると認められる」ことに加え,

申請の当時当該第一種地域の区域内に住所を有し,かつ,

申請の時まで引き続き当該第一種地域の区域内に住所を有した期間が

一定期間以上であることなど類型的に

当該第一種地域における大気の汚染による影響を

相当程度受けていたことの徴表となる要件を定め(同項1号ないし3号),

これを満たす者の申請に基づき,

当該第一種地域における大気の汚染とかかっている疾病との間の

個別的な因果関係の有無を問うことなく,

当該疾病が当該第一種地域における

大気の汚染の影響によるものである旨の認定を行う

制度的な手当てを新たに設けるに至ったものと解される。

 

他方,公健法は,特異的疾患については,

大気の汚染又は水質の汚濁と疾病との間の因果関係を

その機序を含めて証明することは,

一定の困難を伴うものであるにしても

本来的には可能であって,当該疾病に

「かかっていると認められる」ことが

これに内在する発症の機序が

認められることを含むものであることから,

同条2項において,非特異的疾患のような

制度的な手当てを新たに設けることはしておらず,

個々の患者について,諸般の事情と関係証拠に照らして,

当該第二種地域につき,当該大気の汚染又は

水質の汚濁の原因である物質との関係が一般的に明らかであり,かつ,

当該物質によらなければかかることがない

疾病にかかっていると認められる者の申請に基づき,

当該疾病が当該第二種地域に係る大気の汚染又は

水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を

行うこととしているものと解される。

 

そして,公健法等の制定の趣旨,規定の内容等を通覧しても,

上記各法令にいう水俣病の意義及びその

り患の有無に係る処分行政庁の審査の対象を前記アのような

客観的事象としての水俣病及びそのり患の有無という

客観的事実よりも殊更に狭義に限定して解すべき

的確な法的根拠は見当たらず,個々の具体的な症候が

水俣市及び葦北郡の区域において

魚介類に蓄積されたメチル水銀という原因物質を

経口摂取することにより起こる神経系疾患によるものであるという

個別的な因果関係が諸般の事情と関係証拠によって

証明され得るのであれば,当該症候を呈している

申請者のかかっている疾病が水俣市及び葦北郡の区域に係る

水質の汚濁の影響による特異的疾患である水俣病である旨の

認定をすることが法令上妨げられるものではないというべきである。

 

なお,水俣病が昭和52年判断条件を基準として

認定されるものであることを前提として

公健法等の制定後の行政上の措置による救済や

水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する

特別措置法(平成21年法律第81号)に基づく救済が

構築されているとしても,公健法等の体系及び規定の意味内容が

その制定後に採られた行政上の措置によって変容されるものではなく,

上記特別措置法の規定にも公健法等の体系及び規定の意味内容を

変更する内容のものは見当たらない。

 

また,公健法等において指定されている疾病の認定に際し,

都道府県知事が,公害健康被害認定審査会又は

公害被害者認定審査会の意見を聴いて申請に係る疾病が

指定された地域に係る大気の汚染又は

水質の汚濁の影響によるものであるかどうかの認定を行うことになるが,

この場合において都道府県知事が行うべき検討は,

大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものであるかどうかについて,

個々の患者の病状等についての医学的判断のみならず,

患者の原因物質に対するばく露歴や生活歴及び

種々の疫学的な知見や調査の結果等の十分な考慮をした上で

総合的に行われる必要があるというべきであるところ,

公健法等にいう水俣病の認定に当たっても,上記と同様に,

必要に応じた多角的,総合的な見地からの検討が

求められるというべきである。

 

そして,上記の認定自体は,前記のような客観的事象としての

水俣病のり患の有無という現在又は

過去の確定した客観的事実を確認する行為であって,

この点に関する処分行政庁の判断は

その裁量に委ねられるべき性質のものではないというべきであり,

前記のとおり処分行政庁の審査の対象を殊更に狭義に限定して

解すべきものともいえない以上,

上記のような処分行政庁の判断の適否に関する裁判所の審理及び判断は,

原判決のいうように,処分行政庁の判断の基準とされた

昭和52年判断条件に現在の最新の医学水準に照らして

不合理な点があるか否か,

公害健康被害認定審査会の調査審議及び判断の過程に

看過し難い過誤,欠落があってこれに依拠してされた

処分行政庁の判断に

不合理な点があるか否かといった観点から行われるべきものではなく,

裁判所において,経験則に照らして個々の事案における

諸般の事情と関係証拠を総合的に検討し,

個々の具体的な症候と原因物質との間の個別的な

因果関係の有無等を審理の対象として,

申請者につき水俣病のり患の有無を個別具体的に

判断すべきものと解するのが相当である。

 

上記の認定に係る所轄行政庁の運用の指針としての

昭和52年判断条件に定める症候の組合せが認められない

四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病が存在しないという

科学的な実証はないところ,昭和52年判断条件は,

水俣病にみられる各症候がそれぞれ単独では

一般に非特異的であると考えられることから,

水俣病であることを判断するに当たっては,

総合的な検討が必要であるとした上で,

上記症候の組合せが認められる場合には,

通常水俣病と認められるとして個々の具体的な症候と

原因物質との間の個別的な因果関係について

それ以上の立証の必要がないとするものであり,

いわば一般的な知見を前提としての推認という形を採ることによって

多くの申請について迅速かつ適切な判断を行うための基準を定めたものとして

その限度での合理性を有するものであるといえようが,他方で,

上記症候の組合せが認められない場合についても,

経験則に照らして諸般の事情と関係証拠を総合的に検討した上で,

個々の具体的な症候と原因物質との間の

個別的な因果関係の有無等に係る個別具体的な判断により

水俣病と認定する余地を排除するものとはいえないというべきである。

 

全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

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