松戸事件

(平成27年2月3日最高裁)

事件番号  平成25(あ)1729

 

この裁判は、

被告人を死刑に処した裁判員裁判による

第1審判決を量刑不当として破棄し無期懲役に処した

原判決の量刑が維持された事例です。

 

最高裁判所の見解

被告人の量刑判断の中心となる松戸事件は,

殺害の態様が被害女性の胸部を包丁でほぼ続けざまに2回突き刺し,

更に同女が死亡する直前又は直後に首を包丁で2回傷つけ,

胸部を1回突き刺すというものであって,

執ようかつ冷酷非情で強固な殺意に基づく犯行である。

 

被害女性の死体を焼損して犯跡を隠蔽することを企て,

マンションの被害女性方居室に放火した点も危険性が高く悪質である。

 

松戸事件以外の犯行も重大,悪質なものであり,

殊に前記第1の1(2)(イ)ないし(オ)の各犯行は,

生命身体に重篤な危害を及ぼしかねず,

被害者らが受けた被害も深刻である。

 

被告人は,累犯前科のみならず,強盗致傷,強盗強姦の

同種前科があるにもかかわらず,

直近の服役を終えてから3か月足らずの間に

本件各犯行に及んだ。

 

松戸事件の被害女性の遺族しいこと,

被告人が反省を深めているとはいえないことも指摘できる。

 

被告人の刑事責任は誠に重いというほかない。

 

しかしながら,刑罰権の行使は,国家統治権の作用により

強制的に被告人の法益を剥奪するものであり,

その中でも,死刑は,懲役,禁錮,罰金等の他の刑罰とは異なり

被告人の生命そのものを永遠に奪い去るという点で,

あらゆる刑罰のうちで最も冷厳で誠にやむを得ない場合に行われる

究極の刑罰であるから,昭和58年判決で判示され,

その後も当裁判所の同種の判示が重ねられているとおり,

その適用は慎重に行われなければならない。

 

また,元来,裁判の結果が何人にも

公平であるべきであるということは,

裁判の営みそのものに内在する本質的な要請であるところ,

前記のように他の刑罰とは異なる究極の刑罰である死刑の適用に当たっては,

公平性の確保にも十分に意を払わなければならないものである。

 

もとより,量刑に当たり考慮すべき情状やその重みは事案ごとに異なるから,

先例との詳細な事例比較を行うことは意味がないし,相当でもない。

 

しかし,前記のとおり,死刑が究極の刑罰であり,

その適用は慎重に行われなければならないという観点及び

公平性の確保の観点からすると,

同様の観点で慎重な検討を行った結果である裁判例の集積から

死刑の選択上考慮されるべき要素及び各要素に

与えられた重みの程度・根拠を検討しておくこと,また,

評議に際しては,その検討結果を裁判体の共通認識とし,

それを出発点として議論することが不可欠である。

 

このことは,裁判官のみで構成される合議体によって

行われる裁判であろうと,裁判員の参加する合議体に

よって行われる裁判であろうと,変わるものではない。

 

そして,評議の中では,前記のような裁判例の集積から

見いだされる考慮要素として,犯行の罪質,動機,計画性,

態様殊に殺害の手段方法の執よう性・残虐性,結果の

重大性殊に殺害された被害者の数,遺族の被害感情,

社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等が

取り上げられることとなろうが,結論を出すに当たっては,

各要素に与えられた重みの程度・根拠を踏まえて,

総合的な評価を行い,死刑を選択することが

真にやむを得ないと認められるかどうかについて,

前記の慎重に行われなければならないという観点及び

公平性の確保の観点をも踏まえて議論を深める必要がある。

 

その上で,死刑の科刑が是認されるためには,

死刑の選択をやむを得ないと認めた裁判体の判断の具体的,

説得的な根拠が示される必要があり,控訴審は,第1審の

このような判断が合理的なものといえるか否かを審査すべきである。

 

このような観点から第1審判決をみると,第1審判決は,

前記1と同旨の事情を挙げており,

その認定自体に誤りがあるとはいえない。

 

また,殺害された被害者が1名の事案においても,

死刑の選択がやむを得ないと認められる場合が

あることはいうまでもない。

 

しかしながら,第1審判決が死刑を選択した

判断の根拠については,次のような疑問がある。

 

すなわち,殺害された被害者が1名の強盗殺人の事案において,

自己の利欲等を満たす目的で人の生命を奪うことを

当初から計画していなかった場合には,死刑でなく

無期懲役が選択されたものが相当数見られる。

 

これは,早い段階から被害者の死亡を意欲して殺害を計画し,

これに沿って準備を整えて実行した場合には,

生命侵害の危険性がより高いとともに生命軽視の度合いがより大きく,

行為に対する非難が高まるといえるのに対し,

かかる計画性があったといえなければ,

これらの観点からの非難が

一定程度弱まるといわざるを得ないからである。

 

したがって,松戸事件が被害女性の殺害を

計画的に実行したとは認められない事案であることは看過できない。

 

また,殺害直前の経緯や殺害の動機を具体的に確定できない以上,

その殺害態様の悪質性を量刑上重くみることにも

限界があるといわざるを得ない。

 

第1審判決は,その他の事情として,

松戸事件以外の事件の悪質性や危険性,被告人の前科,

被告人の反社会的な性格傾向が顕著で根深いことを指摘するけれども,

松戸事件以外の事件については,

いずれも人の生命を奪おうとした犯行ではないこと,

犯罪行為に相応しい責任の程度を中心としてされるべき

量刑判断の中では,被告人の反社会的な性格傾向といった

一般情状は,二次的な考慮要素と位置付けざるを得ないこと,

被告人の前科にしても,人の生命を奪おうとまでした事犯はなく,

無期懲役やこれに準ずる長期の有期懲役に

処されたものもないことからすれば,

松戸事件以外の事件の悪質性や危険性,

被告人の前科,反社会的な性格傾向等をいかに重視しても,

これらを死刑の選択を根拠付ける事情とすることは困難である。

 

以上のとおり,松戸事件が被害女性の殺害を

計画的に実行したとは認められず,

殺害態様の悪質性を重くみることにも限界がある事案であるのに,

松戸事件以外の事件の悪質性や危険性,被告人の前科,

反社会的な性格傾向等を強調して死刑を言い渡した

第1審判決は,本件において,死刑の選択をやむを得ないと認めた判断の

具体的,説得的な根拠を示したものとはいえない

 

第1審判決を破棄して無期懲役に処した原判決は,

第1審判決の前記判断が合理的ではなく,

本件では,被告人を死刑に処すべき具体的,説得的な根拠を見いだし難いと

判断したものと解されるのであって,

その結論は当審も是認することができる。

 

したがって,原判決の刑の量定が甚だしく不当であり,

これを破棄しなければ著しく正義に反するということはできない

 

・全文はこちら(裁判所ホームページの本裁判のページ)

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